朝が早くなって来た!

ここのところ、カーテンの隙間から差し込む光がまぶしくて目が覚めるようになってきました。「え?今何時?」枕もとに置いた携帯電話を開くとまだ5時過ぎ…。最近は朝、明るくなるのが早くてうれしい限りです。朝が来ると毎回、ワクワクしてうれしくって飛び起きてしまいます。冬の間は7時過ぎてもまだ暗かったのに、これからはどんどん日の出が早くなって、夏至の頃には4時半には明るくなることでしょう。一年で一番快適な大好きな季節です。

私はものすごく早寝早起きです。というより、眠くなったら何かあっても寝てしまい、目が覚めたら何時でも起きる…って感じです。日の出とともに起き、日の入りとともに休む、昔から超自然児と呼ばれてきました。今でこそ、自分の時間はたっぷりありますが、主婦になって子育て中は自分の時間など全くなくなって。ある時5時半くらいに目が覚めたことがあって、その時起き出してひとりで珈琲を入れてぼーっとしていたら…「朝早いのって気持ちいいな~」と気づいてしまい、それ以来目が覚めたら何時であっても起き出して、朝食の準備を始める6時までが自由時間と決め、好きなことをしました。

いろんなことをやりました。子供服をはじめいろいろな物を作ったり、本を読んだり、日記や手紙を書いたり(パソコンもない時代です)、勉強を始めてからは、いつも早朝に勉強していました。私の歴史はほとんど夜明け前にでき上がったようなものです。子育て中は子どもと一緒に昼寝をすればいいですから、昼間に眠くなってしまっても気も楽で、ホント朝の時間は貴重でした。たまに何らかのことで子どもが5時半くらいに起きてしまうと、「うぅー今日は損した」と非常に残念に思っていました。

今、いろいろ勉強してきて「人間は自分が成長過程に見た環境を大人になってそのまま再現する」ということを知りましたが、振り返ってみると、とてもよかったことがあります。とにかく子どもらが起きてくる時、私はいつも机に向かっていましたから「お母さん、今日もお勉強?」といつも聞かれました。「うん、そうよ、お勉強」いえ、勉強していたわけでないことがほとんどですが、「朝起きるといつもお母さんは机に向かっている」というのが子どもらの記憶に宿っていたようです。

ですから自然に、机には向かうもの、勉強はするもの、ということが身に付いたと思います。小さい頃からの習慣は取り立てて大変なことではなく、何となく毎日やっているうちに身に付いてしまうと思うのです。

例えば、3世代同居のお宅にはたいてい仏壇がありますよね。よそから何かを頂いたりすると「はい、お仏壇に供えて」となるわけです。通知表をもらってきても、どこかへ出かける時も、やはり仏壇で手を合わせると思うのです。目に見えない存在に対して畏敬の念を持つ…子どもの頃からそうしていれば、いくつになっても難なく自然にできますが、大人になってからやろうと思うとなかなか大変ですし、最初は違和感もあるでしょう。それと同じだと思うのです。

話がそれましたが、やはり子どもの頃からの習慣って本当に大切だと思います。私の子育てのテーマの一つであった「『勉強しなさいっ!』と言わなくても自然に勉強する子になるにはどうしたらよいか?」これには、私の早起きが思わぬ効を奏しました。結局二男が大学生になった今日まで、一度も「勉強しなさいっ!」と言わずに来られました。起きると毎朝母親が机に向かって(勉強して)いたという幼い頃からの記憶のおかげでしょう。本当に楽をさせてもらいました。

そろそろ花粉もおさまり、これから6月初旬の梅雨入りまで、暑くも寒くもなく、緑もきれいで一番いい季節です。これからも早朝の時間を大切に使おうと思っています。

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  1. 2008/04/28(月) 06:40:04|
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パソコン宅急便

今月から大学生になった二男、引っ越しして大学の近くに住み始めたのですが、遠慮気味に「パソコン欲しい…」
1月に私がパソコンを買い替えたので、最初は長男がお古を貸してほしいと言っていました。(自宅には共用のデスクトップがあります)ところが、二男が家を離れることになったので、優先的に二男に譲ることになりました。

私のパソコン、5年弱ぶりにようやく買い替えたのですが、データの移し替えやら何やらでかなり手間取り、結局始動したのは2月も半ば、それでもまだまだ中途半端で、なかなか渡せないでいました。おまけにしょっちゅう持ち歩いていたせいで、2年経たないうちにCDを読み込まなくなってしまい、修理したかったのですが、修理の間、パソコンがないのも困りますので、そのままにしてきていました。

確か5年保証が付いているからと、期間内に新しいパソコンを買い、そうしたら古いものを無料修理に出そうと思っていました。買ったのは2003年の5月だったから4月中に出せば間に合うと思い、意気揚々とエイデンに持っていくと…「お客様、5年の保証期間を過ぎておりますので修理は有料となります」とのこと!「え~~~~?5月じゃなかったの??」「2003年の3月23日にお買い上げ頂いていおります」 その日は4月3日でした。

がぁ~~~~~~ん。ショック。

結局修理の見積もりだけ頼むと「預かり金は5250円でございます。」万一、修理しないと3150円は徴収され、2100円だけが戻るのだそう。実費修理か。。。でも背に腹変えられないので、一応頼みました。

10日ほどして「修理は部品代だけで50000円ほどになりました。そこに技術料を加えますと65000円くらいですね」しばらく考えましたが、どう考えても65000円出す気にはなれない、CDは読み込まなくても、動作が少々のろくても、キーボードがはげていても、使えないことはない、修理せずに戻してもらうことにしました。

それにしてもたった10日!あ~5月だと思い込んでいた私が情けない。。。でも、考えました。二男も最初から贅沢してはいけません。この古いパソコンが不便であれば、バイトでもして自分で買えばいいんです。娘も「そうそう!大学生になったんだから、欲しいものはバイトして買うべき!」と。エイデンへ引き取りに行って2100円ともにもらって帰りました。さすがに直してはないですけど、お詫び程度にピカピカになっていました。

さて!このパソコン、どうやって渡しましょう。最初は二男が休みにでも取りに来ると言っていました。でも交通費だけでも10000円近くかかります。実家の両親が、ドライブかたがた遊びに行こうかなと言っていましたので、届けてもらうかとか思っていたのですが、エイデンで聞いてみると、今はパソコン専門の宅急便もあるとのこと、ならば送りましょう、となりました。

今は本当に便利な時代ですね。クロネコヤマトのパソコン宅急便というものを見つけました。電話するとすぐに集荷に来てくれました。しかも専用の段ボール箱を持って。ノートパソコンなので小さいサイズの箱代600円。玄関先で梱包してくれました。

段ボールを折り曲げるとビニールが伸びて、そこのパソコンを挟むような隙間ができました。また反対側に折り曲げると、付属品を収納するスペースが…。それを外箱に入れると、どこをどうやっても動かないように固定されました。写真を撮りたかったのですが、一生懸命梱包して下さるお兄さんに申し訳なくあきらめましたが、本当に鮮やかな手さばきで収まっていきました。「はぁ~今は便利ですねぇ」思わず口を開けて見とれていました(笑)。

箱代が600円に、あとは普通の送料だけで、計1760円。これでもう明日には息子のところに届くのだそうです。便利な時代です。「ヤマトさん、無事息子のところに届けて下さいね」祈るような気持ちで、お兄さんを見送りました。

もらい物の図書カードがあったので、内緒でこっそりマウスパットの裏に貼り付けて、あとは後れて頂いたお祝いをパソコンの間に挟んでおきました。息子よ、しっかり勉強するんだよ!
  1. 2008/04/17(木) 17:41:37|
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おかげ茶屋にて

今日は久しぶりに友人と会いました。彼女とは8年前に同じクラスで勉強して、同じ資格を取った仲間です。先週、ふと尋ねたいことができて、4年ぶりくらいでしたが、突然電話をしてみると「わぁ~元気ぃ?一度お茶でも!」ということで、久しぶりに会うことになり、今日は朝からコメダ珈琲の系列店?おかげ茶屋へ行ってきました。

おかげ茶屋 1


これがブレンドコーヒーとモーニングサービスです。
400円也。抹茶風味のパンにあんこがついてきました。(あんまりおいしいとは思わなかったのですが)来週からはモーニングのパンも選べるようになるそうです。でも!感動したのがおしぼりの色!


おかげ茶屋 2


パンと同じお抹茶色でした。それに水ではなく、最初からお茶が出てくるんです。和風テイストですね。メニューも甘味から、うどん、お団子までいろいろありましたが、う~ん、高い!というのが正直なところ。名古屋の中心部で駐車場も完備されてて、文句を言ったら罰があたりますか(笑)


8年前に勉強しながら語った夢は、お互いにほとんど叶っていました。4年の歳月もなんのその、思いっきりしゃべりました。彼女も若々しくて全然変わっていなかったし、さらにパワーアップされていて「死ぬまで走り続けようね~!!」と再び誓い合いました。普段はにぎやかな私ですが、彼女と居ると「何て私はおとなしく欲がないんだ」って思わざるを得ないくらい彼女は輝いていました!

その店は、1時間15分以内なら駐車無料でしたが、それを超えると15分100円。結局コーヒー代より、駐車料金の方が高くついてしまいました。楽しく充実したひと時でした。やっぱり一緒に勉強した仲間っていいものです。Mさん、ありがとう!またお願いしますね。
  1. 2008/04/17(木) 17:02:23|
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脱18禁の洗礼

本人の名誉にも関わりますので、あんまり大きな声では言えないのですが・・・

この4月から大学生の二男は、国立に落ちた時点で、関西の私立に行くことを決め、大学の寮に申し込みました。上二人は地元の大学へ行きましたので、何も考えていなかったのですが、家を離れる+私大ということで、できるだけ経済的に、また安心な場所と考えて、寮に住むと決めたのです。

寮は何ヵ所かあって、管理人さんとかはいなくて完全自治、半年は2人部屋、その後1人部屋になるのですが、何と言っても月額9900円。もちろんトイレ、お風呂、食堂などは共同だけど、自炊設備もあるらしく、料理のできる息子は楽しみにしていました。

書類審査はすぐにパスし(一定以上の収入のある家庭は落とされます)、面接を兼ねた入寮選考に一泊で出かけて行ったのですが・・・「どうだった?」と夜メールをしてみると、たった一言「正直嫌」の返信。え?あれだけ張り切って出かけたのに…それに一番親思いで少々のことは我慢する二男が「嫌」だなんて何があったのだろう??と心配していました。

翌日帰宅すると「かーさんたちには申し訳ないけど、どーしても寮は嫌だ!お願いだから普通のところに住ませてほしい」と言います。これは只事ではないとよくよく話を聞いてみると…

何でも当日は土砂降りの雨、それでもスポーツ交流があるとのこと、どうするのかと思いきや、土砂降りの中で2時間サッカーをしたのだそうです。まぁそこまではよかった。それからシャワーをして、夕食の歓迎会になったところ…何人かの先輩と入寮希望者がいたそうですが、何だか訳のわからないコールが起き、いきなり先輩の1人が机の上に乗って、服を脱ぎ、全裸になったのだそうです。(あ、もちろん男子寮です)

びっくりした二男は、同じテーブルに座っていた先輩に、小声で
「あれって何ですか?」
と尋ねると、
「あれは、寮に入るとみんなやらされるんだよ」
と笑って言ったのだそうです。恐れおののいて、
「やりたくない人はどーするんですか?」
と聞くと
「いや、とにかく強制、全員やらされるよ」

もうその一言で青ざめた純情な我が息子は一気にトーンダウン。絶対にここには入るまいと思ったのだそうです。おまけにぜんそくっ子だったので身近にタバコを吸う人は誰もいなかったのに、とにかくそこはタバコの煙がもうもうだったそうで、「どう考えても生理的に合わない」との結論。

「お願いだから、普通のところに住まわせて~~~」一晩経って少しは落ち着いたものの、きっとその場では涙目になっていたのではないかと…。

さて困りました。もう3月も半ば過ぎ、推薦入学や国立を受けない人たちで、学生向きのアパートなどはほとんど埋まっているそうで、どうやって探そうと思案したのですが・・・それでも持ち前の楽観主義です「きっと何とかなるでしょ!」とりあえず、翌日アパート探しに出かけることにしました。

学校の推薦するアパートやマンションを統括しているところへも電話してみたのですが、値打ちで良いところはもう全部埋まっている、もしや空きがないかとカタログの最初に乗っている学生専用マンションなどとうにいっぱいとのこと…。元気のない二男を励まそうと、その日の夜のセミナーについてくるように誘いました。

そして「まぁそんなに落ち込まないで!明日の物件探しの前に、易を立ててみようよ!」と言うと「うん・・・」私が立ててもよかったのですが、本人にやり方を教えて立てさせました。すると出た卦が

「火天大有」

これは「わが世の春の時」という意味で、気力、実力ともに充実、地位やお金や世間の評判など、大いに所有でき、願いも大いに叶う。でも決してうぬぼれることなく、謙虚な気持ちを忘れぬよう、さらに詳しく見ると、大いに所有する時のスタート、本文を守って土台を固めよとのことです。これで少しは気をよくした息子、気持ちを切り替えて、セミナーについてきました。

夜のセミナーの間、一番後ろに座っていた息子、途中何度か出たり入ったり、落ち着かない子だなと思っていると、終わってから息子が言うには、何でも先ほど問い合わせたところから連絡があり「急きょ学生専用マンションにキャンセルが出た、何度か抽選会をしていてキャンセル待ちの人もあるが、たまたまさっき問い合わせてくれた志水くん、明日必ず来て契約してもらえるなら優先的に回します」とのことだったそうなのです。

そこは寮よりは少し家賃はかかるのですが、リフォームしたばかりの個室で、トイレ、風呂、食堂は共同だけれど、食事も出るし、オートロック、駅にも近い、人気のマンションなんだそうです。二つ返事で頼んだそうでした。

「易ってすごいね、あの時点では『何が所有や』と思ったけれど、あの易から2時間も経ってないよ、連絡来たの」と息子。
「そうでしょ、易ってすごいでしょ!!」

というわけで、脱18禁の洗礼を受けたおかげで、値打ちで良いところに住めることになったわけです。聞いてみますと、キャンセルなどまず出ないのに、契約していたその人、お父さんが何と、4月からその地方へ転勤となり、一家そろって引っ越すから、学生マンションをキャンセルされたのだそうです、しかもうちが問い合わせた直後に。

人生、何が幸いするかわかりません。本当に今回はありがたかったです。短い期間にドタバタありましたが、おかげさまで無事3月末に引っ越すことができました。

でも・・・大学にかぎらず寮っていうのはみんなそんなものだと、いろんな方から聞きました。我が家のように親子揃っての世間知らずは困りものです。まぁ息子も、いろいろ経験しながら大人になって行ってくれることでしょう。






  1. 2008/04/07(月) 11:38:51|
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作戦大成功!

2週間ほど前、実家の母から電話で「4月4日の夜、空いてない?お父さん、退職の日なの」とのこと。

父は2月で72歳になりました。5歳の時に父親を亡くし、母親(私の祖母)を助けながら弟の面倒見てきたので、高校へ行くことなく15歳で中学を卒業してすぐに電話局(現在のNTT)へ就職。(その後、夜間高校へ通ったそうですが)60歳を待たずに退職し、第2の関連会社へ勤め、さらには第3の会社勤めもとうとう今年で最後、57年のサラリーマン生活最後の日となりました。

「会社で送別会をしてもらえるそうだけど、我が家でも何かお父さんには内緒でお祝いしてあげたいのだけど・・・」母の発案は、兄弟4人のうち、近くにいる私と妹が、実家で待機して、帰宅した父をびっくりさせるというものでした。その日の夜は予定もなかったので、早速作戦に参加することにし、「せっかくだからもっと何かサプライズをしようよ」ということになりました。

事前に母と私でいろいろ綿密に打ち合わせ、当日は一旦職場から自宅へ車を置きに父が帰るので、母が送別会の会場まで父を送り届けてから、何食わぬ顔で私たちが実家で待機することにしました。

昨日は特製の花束を用意し、妹と実家へ向かい、母の手作りの夕食もそこそこに、8時くらいに「迎えに来てほしい」と電話が入るらしいので、その電話を会場近くで受け、送別会が終わったところへなだれ込むという計画でした。

ちょうど各務原の市民公園の桜が満開で、せっかくだから夜桜も見ようよとも言っていたのですが、人生1度きりの退職の日、桜を見ていてタイミングを逃しては元も子もないからと、店の駐車場の隅でひっそりと待機していました。8時15分くらいに電話が鳴り、「それーっ」と思ったら、「まだしばらく終わりそうもないから」とのことでした。あらあら・・・ひとりで待つならイライラしそうですが、車の中で3人でおしゃべりしていたので、さらに待ち続けました。

9時近くになり、どうやらひとりの男性が店の外に出て電話をしていたので、終わったんじゃないのかな?と、一番小柄な母が隣のワゴン車の陰からこっそりと覗くと、すでに店の前には、父とともに大勢の人が・・・。今度こそ「それ~~~っ」妹と私が一気に車から飛び出し、「お父さーん、57年間お疲れさまでした!」と叫んで、花束を渡そうとすると、店の前は騒然!

「おい、どーしたんや??」
一瞬、目を丸くし、状況がつかめない父にすかさず
「お父さん、長いことありがとうございました!」押しつけるように花束を渡しました。

一瞬の沈黙の後、会社の方々が
「おい、どういうことや???それにしてもええことやなぁ、みんな娘さんか??(3人の美女(ププッ)のうちひとりは母です(笑))」
店から出てこられる方々が次々にびっくりして聞かれました。

職場の方が「脇田さん(父)は、みんなの目標なんですよ!」と持ち上げて下さり、だいぶ皆さん、酔っていらっしゃったので、ワイワイひとしきりまた店の前で盛り上がったのですが、
「僕らの時は、こんなことはきっと誰もしてもらえんけど、さすがは脇田さんやな」しみじみおっしゃって最後を送って下さいました。

私たちも皆さん方に、丁重にお礼を言って車に乗り込みました。車に乗ってからも父はまだまだ興奮冷めやらぬ様子で「よう来てくれたなぁ、本当にありがとう、ありがとう」と何度も言っていました。

実家に着くと、遠くに住んでいる弟たちも時間を見計らって電話をくれ、甥っ子たちが「おじいちゃん、長い間お仕事お疲れさまでした」と。電話を代わってお嫁さんたちからも労いの言葉をかけてもらい、父は感慨無量の様子でした。

一口に57年といってもいろんなことがあったでしょう。父が57年間真面目に働いてくれたおかげで、私たちが育ち、学校へやってもらい、結婚もさせてもらいました。本当に感謝です。

でも「終わりよければすべてよし(いえ、私がいうことではないんですが)」退職の日をみんなでお祝いすることができて、本当によかったと思っています。妹が「お父さん、サザエさん症候群のように『月曜日から仕事に行くのいやだな』と思ったことある?」と聞くと「う~ん、ないなぁ」と言っていました。父には特別な趣味がなく、若い頃から「趣味は仕事、仕事が趣味」と言っていましたら、それも幸いしたんでしょうね。

おかげさまで、これからは地元の役がもう待ち構えていてくれているそうで、のんびりしながらもまた次の場所で父は活躍してくれることでしょう。せっかくだったので、そのまま妹と実家に泊まり、昨日はいろいろ語り明かしました。両親とも、本当に心から元気で長生きして、余生を楽しんで下さいと願うばかりです。(母はもう充分楽しんでいるようですが)

それにしても作戦が大成功してよかったです!私たちの思いが天に届き、グッドタイミングを提供してくれたのでしょう。ありがたいことでした。



お父さん、本当に57年間ありがとうございました。
これからも元気で大活躍して下さい!
  1. 2008/04/05(土) 15:16:27|
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