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絵日記を書いた!

何十年かぶりに絵日記を書きました。ひゃ~時間がかかりました。絵は本当に苦手…絵心が全くない私。でも、妹も先日ブログで「絵心がない」と書いていたので、よかった!血筋だと変な安心も。

実は、地元のガソリンスタンドのイベントで、8月23日「宿題がんばった人にごほうび!リッター10円引き!!絵日記を提出して下さい」というものがあったからなのです。

このスタンドは時々いろんな企画をしてくれます。セルフスタンドなのですが、普段は給油後にスロットマシンが回り、1等(リッター5円引き)から5等(1円引き)、もちろんはずれが多いのですが。でも、年に数回は当たります。先月も確か1等当たった!

昨年はクーポンがポスト配布されていて、それを持って行って20リッター以上給油すると、トイレットペーパーやティッシュをけっこうたくさんくれたし、(ただ必ずどこから来たのか町名を聞かれました)なかなかお楽しみの多いお店です。

それが、今年に入ってからは企画が変わり、「3月3日、ひな祭り企画、ひな人形かひな人形の写真を持ってきて下さい(折り紙で折ってあってもOK)」「4月22日、よい夫婦の日、仲良し夫婦で給油に来て下さい」とか。7月は海の日に「浮き輪か麦わら帽子をかぶって来て下さい(ただし危ないので浮き輪をして運転はご遠慮下さい)」とか。

それで、今回の絵日記の提出…。手書きのみ、パソコンは不可。とあったので、どうしようかなぁと思ったのですが、50リッター給油して500円引きなら描くしかありません。

しぶしぶ絵日記のフォーマットだけダウンロードして、(B5くらいで小さくまとめたかったのですが、どれもこれもA4サイズ)さて、何書こうかなぁ?用紙を前に悩んでいると娘が「スタンドのイベントでしょ?何、真剣になってるの、適当に書けばいいじゃない。花火とかでどぉ?」

「う~ん。」自分でもバカバカしいと思いながら、だって花火なんてきっとみんな書いてくるだろうし、変なところで考え込み、結局ドクターイエローのことを書くことにしました。

用紙の上半分に、写真を見ながら新幹線を描き、いかにもお出掛けしたように、背景に山を描き、下半分には、大きな字で「月に3度しか走らないというドクターイエローを見に行ってきました。長い間待っていたけれど、ほんの一瞬で走り抜けて行ってしまいました。かっこよかったです。」できた!出がけの娘に見せようとしたら「ちょっともう忙しいんだからーーー」あえなく却下。。。

さて、意気揚々とスタンドに出かけ、恐る恐る店員さんに「あのぅ~、絵日記は提出するんですか?」(もしや、貼り出される??)「いえいえ、ちらっと見せて頂くだけでOKですよ」それなら安心と、ちらっと見せると「はい、ありがとうございます~」ということで10円引きにしてもらえました。

こんなこと真剣にやってくるおばさん、私くらいかなぁと思ってみていたのですが、私よりずっと年上のおじさんが照れながら「孫に書いてもらった」と言って見せているのを目撃!よかった、私だけじゃなかった(笑)。

結局129円にしてもらえたんですが、そりゃこのご時世、ちょっとでも安くなると聞けば皆、努力するよねぇとひとり苦笑いして帰ってきました。

さて、来月の企画は何かしら?9月だから「敬老の日、おじいちゃんおばあちゃんと来て下さい」かも。楽しみです!!それにしても私って本当に小市民です。







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  1. 2011/08/24(水) 07:57:58|
  2. 未分類

祖母の十三回忌にて

先週は実家の祖母の十三回忌がありました。早いものです、祖母が亡くなってもうまる12年が経ったわけです。本当は9月12日が命日なのですが、お盆には皆が揃うからということでひと月早く執り行われました。

祖母が亡くなった時は長男の弟はアメリカ駐在で、急には帰ってこられず欠席(確か一周忌も)、前回の七回忌は下の弟がドイツに駐在していて来られず、今回はインドから一時帰国できるとのことで兄弟の家族が全員揃うと喜んでいたら、何とこの春就職したばかりのうちの長男がどうしても忙しくて新人は休みが取れないとのことで欠席、なかなか皆が揃うのは難しいようです。

祖母は、正直言って孫の目から見ても、とても自分勝手な人でした。悪い人ではないと思いますが、人への配慮がなく、思ったことを平気で口にする、しかも口から出る言葉はマイナスなことが多かったように記憶しています。それでも私は初孫で、小さい頃からあちらこちらへよく連れて行ってもらった覚えがありますので、かわいがってもらっていたのでしょう。

ただ、いつもそんな祖母の陰で母が泣いていたり、苦虫を噛んでいたり、子ども心にいい思い出がありません。私も人の親となり、今でこそ母の気持ちはよく理解できますが、当時は祖母の勝手さに振り回される母の、やり場のない思いの矛先が、私たちに(私に?)向いていたように思います。

小学校低学年の時、日記を書いていて、たまたまイチゴの緑色のヘタの部分、あれの呼び名がわからず、母が居る台所へ「イチゴのここって何て言うの?」と聞きに言ったら、横から祖母が「『ほず』って言うんやよ」と言ったので、そのまま日記に書きました。しばらくすると母が私の勉強机にやってきて、無言で大きな辞書をバン!と置き、怖い顔で指をさした先には「ほぞ」と書かれていました。(え?何で私が怒られるの?)そんなことがたびたびありました。

それから母は、小5で母親を20歳で父親を亡くし、結婚した時は両親ともにおらず、私の伯父たちが親代わりになって嫁に出してくれたそうですが、私が産まれて親戚にお披露目の時、母が貯めたお金を祖母に渡して「これで荷物を揃えたりお披露目をして下さい」と言ったそうなのですが、集まった親戚の前で「親がいないと何にもようやらへん(用意することができない)」と馬鹿にされたのだそうです。

母はよほど悔しかったのでしょう。あれから21年、私が娘を産んで、実家から名古屋に戻る時、これ見よがしにトラック1台分の荷物を持たせてくれました(ホントに)。名古屋の嫁入りの荷物送りは有名ですが、子どもが産まれても実家が何もかも用意するのだとかで、もうすぐ帰るという頃、家具屋へ連れて行かれ、まだ何が要るかもよくわからない時に、タンスからベット、ベビーカーやら何やらトラック1台分買ってくれました。結局適当に買ってもらったので、後々使い勝手が悪く、その度に(仕方がない、これは嫁姑の確執の名残なんだから)と自分を諌めました(笑)。

そんな祖母も晩年、我が家で転んだのを機に寝たきりとなり、入院させてさぞや母は清々したと思いきや、あれほど痛めつけられた30有余年、何を思い立ったか「おばあちゃんがあれでは可哀そう…家で私が介護する」と言い出し、それから自宅介護を始めたのでした。

当時は、市の介護福祉もはしりの頃で、それでもいろいろな人に助けてもらいながら5年半、祖母を介護し尽くし、最後は老衰で眠るように安らかに息を引き取りました。痴呆も始まっていた祖母は、あちらこちらでご迷惑をかけることも増えてきていて、寝たきりは祖母には気の毒だったかもしれないけれど、徘徊する祖母の世話よりは、こちらの方がどれだけ楽かと言っていました。往診して下さる女医先生が「自宅介護のお手本」と褒めて下さるほど、いつも祖母はきれいにしてもらっていて、「ありがとう、ありがとう、幸せやわ」それが祖母の口癖になっていました。祖母の顔も昔の怖い顔から本当に仏様のようになっていました。

最初に転んで祖母が入院した時、うちの二男も喘息で入院し、母は岐阜と名古屋を往復してくれていたのですが、どうも祖母の様子がおかしい…日に日に痩せていく、そうしたら隣のベッドの方がこっそり「お宅の家政婦さん、おばあちゃんのご飯、横取りして食べさせていないみたい」と耳打ちして下さり、ある時も動き回るからと、ベットにひもで括り付けられていて…それを見て母は覚悟を決めたのだそうでした。

お経が済んでから、場所を移して会食したのですが、まぁその場のにぎやかで楽しかったこと、従兄弟はうちの成人チーム、弟たちのところの小学生チーム、妹のところのもうすぐ3歳、それぞれが交じり合って、和気あいあい。平日でうちが貸切でしたので少々騒いでも大丈夫だったようで、終いには仲居さんも子どもらに交じってワイワイ遊んで下さる始末。皆が妹の子を半ばおもちゃのようにめちゃめちゃかわいがって連れまわし、これは法事の席で失礼かもしれないけれど、本当に笑い声あふれるひと時でした。

その姿を見ながら、きっとおばあちゃん、どこかでこの光景を微笑ましく見てくれているんだろうなぁと思いました。静かに厳粛にする法事も尊いけれど、こうやって皆が心から楽しいひと時を過ごすことも故人への供養になるのではないかと思いました。本当にいい光景でした。

でも!今回これだけすばらしい法事の席が設けられたのも、母の献身的な介護の賜物だと思っています。きっと入院した時の家政婦さんの姿が天啓だったのでしょう。わがままし放題の祖母も実は27歳で未亡人となり、50年以上ひとりで気丈に生きてきて、最期はあれだけ皆から大切にしてもらって…本当に幸せな人です。きっと祖母が私たちの今の幸せの礎を築いてくれたのでしょう。

おばあちゃん、本当にありがとう。お母さん、本当にありがとう。(あ!お父さんももちろん)私たち兄弟皆が今これだけ幸せなのは、ひとえにあなた方のおかげだと感謝しています。きっと私には真似できないと思いますので、今から白旗揚げさせて頂きます。


















  1. 2011/08/21(日) 07:18:04|
  2. 未分類

人の顔

先週、30数年ぶりくらいに同級生に遭遇しました。30数年ぶりに会っても人の顔ってわかるもんだなぁというお話です。

岐阜の仕事帰りにJR岐阜駅内のアクティブGに寄ったのですが、ふと新幹線の切符を買っておこうと思い立ち、駅のみどりの窓口へ行きました。すると名古屋駅と違って窓口が2つしかなく入口からもはみ出るほどの長蛇の列。えー?こんなところで並びたくない!と思っていると「1FのJR東海ツアーズでも切符を発売しています」との案内が。お!この前のディズニーでお世話になったJR東海ツアーズ!!と親近感を覚え、くるり1Fへ向かいました。

1Fの売り場へ行ってみると2人先客がいて3番目、これくらいならすぐだなと思って並んでいると…売り場の係の人が見覚えある!「あ!小学校の同級生のK崎くんだ!」(確か小学校1、2年の時同じクラスで、あとは小中一度も一緒だったことはないはず)胸元の名札も「K崎」だわ。わぁこんなところで。絶対話しかけようと意気揚々としていたのですが、ちょっと込み入った切符を買うので間違いがあってはいけないと、逸る心を抑え、順番が来ても普通にお願いし、おつりも領収書も全部もらってから…おあつらえ向きに私の後にはお客さんがいなかった!

「あのぅK崎さんって各務原の方ですか?」絶対自信はあったけど、恐る恐る尋ねると「そうですけど?」「私、同級生です」そう言うと、彼はさっきの領収書でお願いした名前を見直して…(でも結婚して名前変わってるから見てもわからんやろな)と思い「脇田です」と言うと「あーあーあー」と。

実は、1ヶ月前くらいにも岐阜駅構内で彼にはすれ違っていたのです。その時もすれ違った瞬間「あ!今のK崎くんだ」と思ったのですが、人と一緒だったのでその時はそれだけでした。でもその時30数年前のことを思い出して「あれは絶対K崎くんだ」と確信していました。

確か小学校5年生の時、親戚一同で出かけた時、実家の最寄りのJR各務原駅(当時はまだ国鉄時代)で列車を待っていた時、K崎君がカメラを首からぶら下げて立っていたのです。今でこそ私も鉄子を公言していますが、当時は全くそんな気もなく(何?こんなところで写真なんか撮って!?)と不思議に、いえ本当のこと言うと(変なの!)と思ってました。でも(ふ~んこんなのが好きなんだね、変わってる)と思った出来事があったのです。もちろん小学校1、2年の時もほとんどしゃべった記憶がなく、彼を知ってるという程度でその時も知らん顔でした。

だから1ヶ月前にすれ違った時「あ、K崎君、列車が好きできっとJRに就職したんだな」と勝手に思っていました。でもすごい、夢の実現だなとも(笑)

そんな話をすると「そう、JRに入社して、今はJR東海ツアーズに出向してる」とのこと。「今も各務原に住んでるの?」と聞くと「親はあそこにいるけど、僕は名古屋に住んでる」と。「へぇ私も名古屋、何区?」「南区」「私は西区」そんな話をしていたら次のお客さんが来たので「では失礼します」と帰ってきました。

あー懐かしいわぁ、でも小学校1、2年の頃は前回の日記で書いた通り、いい思い出はほとんどないので複雑でした。

それにしても人の顔ってどれだけ年月が経ってもわかるもんですねぇ。K崎君に遭遇したことよりもそっちの方にちょっと感動。心理学で顔の記憶には、既知性効果というのがあって、よく知っている顔は少々表情や向きが変わってもその人って特定できる、反対に知らない顔はちょっと表情や向きが変わると全くわからないそうです。だから昔の知り合いは少々老けてもわかるんでしょうね。そして、お見合い写真など、会ったことのない人の顔はその写真がすべてになってしまい、実際に会ってみると「え?ホントにおんなじ人?」ということが多々あるんでしょうね。

ということはK崎くんも私ってすぐにわかったのかなぁ?私は昔とはすごく変わったつもりだけど、やっぱり子どもの頃の面影あるのかなぁ?などいろいろ思ったのですが、唯一の救いは切符を買う直前に実は美容院に行っていて、ヘアスタイルだけはバッチリ決まっていたことでした(笑)。

もう一つ余談。NOAで占いを始めたころ、NOAの近所の不動産屋へ人の物件を探しに行った時、やっぱり担当の男性が中学の時の同級生で…それから彼も時々NOAに来たり、近所でマンションの管理していたりに遭遇、しみじみ「顔って変わらんねぇ」と思ったこと。

でもきっと私たちくらいの年齢になると(いえ、ならなくても)、面影はあっても人生や生活が顔に出てるんだろうなと思います。自分の顔に責任をもちたいなと改めて思いました。作りは仕方ないんですけどね(笑)
















  1. 2011/08/08(月) 08:29:30|
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