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結婚式が終わって

先週の日曜日、23日に無事娘の結婚式が執り行われました。ここしばらくでは最高のお天気に恵まれ、また気温も上がって、春の結婚式日和でした。昨日など大雨で、一週間違ったらどうなっていたことかと思いますと、本当にただただ感謝です。ただ、娘は自称晴れ女!ほとんどお天気で困ったことがないという強運の持ち主なので、当日朝「降水確率0%はすごいね」とメールが来ました。

先日の日記にも書きましたが、もう親元は離れていましたし、当日は言われたことだけすればいいというお気楽な新婦の母でしたが、終わってみれば、それなりに気疲れもし、それよりも無事終わったという脱力感で、翌日から少々体調を崩し、寝たり起きたりするという情けない状況でした。

おかげさまで、世間様とは違う形態で仕事をしておりますので、年度末はいつも一番余裕のある時期、少々の仕事以外は、体を休めながらのんびりしていました。


結婚式の感想を一言で言えば、これは今まで関わって下さった方への「感謝式」。もちろん式自体は厳粛に行われましたが、披露宴はほとんどが参列して下さった方への感謝の会で、わが子ながら、よくここまでやりきったなと感心しました。

ですから、当日の朝も「おめでとう」でなく、「お疲れさま。無事に当日を迎えられてよかったね」と声をかけました。


昨年秋に入籍しましたので、「せっかくなら消費税上がる前に式したら?」と軽く言ったのですが、婿さんとしては1年くらい先にしたかったようですが、まぁ何とか3月中に日柄の悪い23日だけ空いていたそうで、無理無理決めてきました。(日柄のよい日に結婚式挙げたけど離婚した人を何人も知っています)

結局当初より費用も100万近く余分にかかってしまい、最終的には3月中でよかったと本音も漏らしていました。式の準備に半年もなかったので、本当に大変だったと思います。2人だけの慣れない新生活の中で、またフルタイムで仕事をしながら、さらには体が丈夫でない中で、よくやり切ったと思います。

私が手伝ったのは、衣装合わせに2度ほど付いて行ったことと、披露宴会場の花の打ち合わせのみ。しかもどれ見ても「いいねぇ、いいねぇ」ばかりなので、「どれ見ても全部いいでは決まらない」と言われていましたが、「あんたは美人だから、何着てもドレスの方が引き立つわ(笑)」うそぶくばかりの当てにならない親です。

準備の途中で行き詰ってしまい、泣き言を言っていたこともありましたが、ありがたいことに私の講座の生徒さんに結婚式のプランナーさんがいらして、ものすごく力になって下さいました。業界の裏事情や、プロとしての客観的なアドバイスなど、本当に本当に助けて頂きました。

感謝の会の中でも、個人的な思いとしては、こだわりの強い娘のこと、衣裳もヘアスタイルもイベントもほとんど理想に近いイメージに仕上がり、満足していたようで、新婦の母としてはそれが一番よかったかなというところです。自分をよくわかっていて、セルフプロデュースがうまいなという感想です。

親の見栄や体裁など一切関係なく、本人たちが祝ってほしい人だけに参列して頂き、またお招きした方にも楽しんで頂きたいという思いのこもった披露宴で、本当によかったと思います。こだわる部分は自分たちで責任持ち、予算の足りないところは手作りして補うなど、私が願ってきた「自立」を実現してくれました。2次会をしないという選択も、義理の人も招きたくないという選択も、よくよく考えて出した結論、「自分の思いを尊重すればよい、ただし、決めたことは責任もって」それもよかったと思います。

私の実家は人数が多く、また従弟がみな中学生以下ということで、一家総出で参列してもらいましたが、両親も兄弟もすごく楽しみにしてくれていて、終ってからもよかったよかったと言ってもらい、何よりでした。

式と披露宴の詳細は、妹が叔母目線で書いてくれましたので、よろしければそちらをご覧頂ければと思います。

http://ameblo.jp/eclotheskids/entry-11808053488.html (結婚式)

http://ameblo.jp/eclotheskids/entry-11808098686.html (披露宴)
 

残念だったのは、長男のお嫁さんが出産後すぐということで参列してもらえなかったことですが、二男の彼女も「新婦弟婚約者」で参列してくれ、新しい家族が増えて、さらに花を添えてくれました。

最後、両親への感謝の手紙の中で、やっぱり言われた「お母さんは厳しかった」と。そうかなぁ、こんな何でもOKの親、そんなにいないと思うけど。それでも私の思いは充分に伝わっていたようなので、よしとします。

最後にもう一つ余分事。

式の翌週末、28日(金)ですが、娘の勤務先で年度末の総会が行われたそうですが、社員500名余の中で、事務職でただ一人、娘が表彰をされたそうです。今年でちょうど創業150年の老舗繊維商社ですが、営業成績のよい課と営業さんはよく表彰されるそうですが、「事務推進努力賞(賞金付)」事務職はただ一人、しかも娘の記憶では、かなりの先輩が表彰されることはあっても勤続7年の20代がもらうのは初めてらしく、恐縮極まりなかったそうです。

日頃のがんばりを「お天道様は見て下さっていた」のでしょう。「人の目はごまかせても、天の目はごまかせない、自分の良心に従って行動しなさいね」ずっとそう言ってきました。しかも計ったようにこのタイミング。(実は会社には、結婚式は事後報告だったので、あえて結婚のお祝いにということでもないようです) 本当にうれしくありがたいことです。 

一連の幸せな出来事を胸に、娘がこれからの人生をますます輝いて歩んでいってくれますように。

















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  1. 2014/03/31(月) 07:38:36|
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お彼岸に恵方参り

恵方参りに行ってきました。早いものですね。一年の運勢を占った冬至からもう3ヶ月。節分からも1ヶ月半。いよいよ春の訪れです。

今年の恵方は限りなく北東に近い東。昨日は仕事の帰りに春日井市にある神社までお誓いに行ってきました。

節分に今年と今後の目標を確認して、昨年までのを書き直したのですが、19個のうち、何と3つがこの1ヶ月半の内に足がかりをつかんでいます。

いろいろ新たな動きがあるたびに、「あ!やっぱり恵方参りにお誓いしたからだ」とうれしくなり、よくこのタイミングで、こんなことが起こってくるものだと感心しきりです。恵方参りは本当にご利益あります。


恵方参りの初めには、必ず住所氏名を述べた後、今日ここに来られたことをまず神様に感謝して、それからお誓いをしています。

今回は19個のお誓いごとと、本日の娘の結婚式の無事行われますよう祈願もしてきました。お天気に恵まれ、参列の皆さまに楽しんで頂けますようにと。


どうぞ、お誓いや願い事が天まで届きますように。


































  1. 2014/03/23(日) 07:16:58|
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秋桜~29年間の通信簿

いよいよ来週末、娘の結婚式です。とはいえ、昨年秋に入籍し、新生活を始めたので、もう親元を巣立っており、それほど感慨もないのですが。今の結婚式は昔と全然違いますね。私が結婚した30年前は、ほとんど親が準備してくれて、当日だけ主役だったように記憶していますが、今は、新郎新婦がすべて準備し、当日は列席のお客様をもてなすらしく、結局私は、結婚式の準備は今も昔も何にもしないというお気楽な立場です。


先日、娘が用事があって我が家に立ち寄った時、お茶を飲みながらあーだこーだおしゃべりしていたのですが、ひょんなことから「かーさん、私らが小さい頃、ホント上手にいろいろなことを教えてくれたよね?どうやってあんな上手にできたの?」藪から棒に言います。

「え?は?何??」

婿さんと数ヶ月暮らす中で、生活習慣や考え方の違いで、何かとぶつかることがあるらしいのですが、そういう中で「え?そんなこと子どもの時に親に教えてもらったでしょ?」と思う場面が多々あったらしく、改めて娘は、あーうるさかった親も本当にためになることを教えてくれてたんだと実感したと言うのです。

「子どもだったから訳わからず聞いていたけど、今思うとホント教え方うまかったよねぇ。あんなことどうやってやってたの?」とまじまじと聞くのです。

「え?『どうやって』って?今、聞いた?聞いたね?」

確認した上で、「ちょっと語らせてもらいます」


私はとにかく怒られて育った。父は真面目一刻で厳しく、気に入らないとすぐカーッと怒り、怒ると手が出た。母はいろいろしてくれたけど、いつもイライラしていた。それは、同居の祖母がワンマンで勝手な人だったから。祖母に言い返せないイライラを常に抱えて、よく長女の私はそのとばっちりを受けてた。

あんまり怒られてばかりだから、父は私のことが大嫌いで、いない方がいいと思っているんだと本気で思い、中2の時、学校で嫌なことがあった時に死にたいと思って遺書を書いた。(死ぬ勇気はなかったけど)「私がいなくなればお父さん、食費も浮くし、せいせいするでしょ」本気で思ってた。だから高校時代に、どうせ私はダメで要らない子だからと、ドロップアウトしたのだ。(あー勉強しときゃよかったなと後悔)

それで、自分が親になった時、強く思った。

①「子どもを頭ごなしに怒らない!とにかく子どもの気持ちを聴いてやろう」

②「『勉強しなさい!』と絶対に言わない。そう言わなくても、何となく楽しくて勉強がしたくなる環境を作ろう」

よく反面教師という言葉があり、嫌な人を見て「ああはなりたくない」と思うのだが、心理学を勉強する中で、「ああはなりたくない」と思うたびに、その嫌なイメージが浮かび、なりたくないイメージに、結局は自分がなってしまうのだということを知った。

私が幸運だったのは、なぜか「ああはなりたくない」ではなく、自分なりのいいイメージを作って「私はこういう人間になろう!」と思えたこと。私が理想とした子ども時代を、子どもらには作ってやろうと思ったのだ。

だから常に子どもに何か言う時、「こうやって言われたら、そりゃ嫌だわね、自分だったらどういう言われ方をしたらうれしいかな?」をいつも考えていた。

私は「嫌われている、いない方がいいと思われている」と思い込んでたから、子どもらには「愛されてる、大切に思われてる」ということを常々実感してほしかった。

もちろん感情的になることもあったり、最初の頃は娘に手を挙げたこともあった。でも、だんだんにいろいろ考えて、「子育ては、親と子の知恵比べ、我慢比べ、根を上げた方が負け」と自分に言い聞かせ、どうやって言ったら子どもが聴いてくれるかをいつもいつも考えてた。

で、この性格だから、面白おかしく、笑ってしまうような標語や呪文を作り、いつも親子で唱えていた。


話が長くなるけれど、7年前にも一度日記に書いたことはあったけれど、一つしかないものを兄弟で取り合いして、よくケンカになるので、どうしたら仲よく遊べるかを考えて、

「1つしかないものは・・・?半分こか、交替交替か、仲間で」(分けられるものは分け、ひとりでしか使えないものは順番に、二人で使えるものはいっしょに使う)と教えた。

それで、ケンカになるたびに「はい!一つしかないものは…?」と切り出すと、子どもらがしぶしぶ「半分こか、交替交替か、仲間」と答えるので、「はい!ではこの場合はどれにするといいでしょうか?」と聞くと、小さいなりに、3つのうちのどれかを選択して、「じゃあ、交替にする」とか「仲間にする」とか言っていた。


今思うと、教え込んだだけでなく、常に考えさせて選択させてたみたい。自分でもうまくやれてたなと思うけれど、それは大きな①②の目標があったから。目標がなかったら、目の前のことで一々右往左往して怒っていただろうけど、常に①②を考えていたので、それなりのアイディアが浮かんでたと思う。

「もし、今、上手に育ててもらったと思ってくれるのなら、それは回りまわって、おじいちゃんとおばあちゃんのお蔭だよ。私がのほほんとした環境で育ったら、こんなことは絶対に考えなかった。あの二人がああだったからこそ、私は自分の人生目標を設定できたんだから」


そんな話を娘にすると、「何だか子育てって面白いね。親次第でどんな子にも育つんだね。私もできるかなぁ。」さらに娘は「私も将来は、かーさんみたいに子育てに関わる仕事がしたいな」と言ってくれました。



私の結婚式の時、たった一人参列してくれた友人に山口百恵の「秋桜」を歌ってもらいました。「明日嫁ぐ私に『苦労はしても笑い話に時が変えるよ、心配要らない』と笑った」という曲です。よく怒られたけど、とりあえず今まで育ててくれてありがとうという感謝を込めて。

私は、来週結婚する娘に今さら言うことは何もないです。その歌と同じような状況で、反対に娘が「育ててくれてありがとう」ではなく「よくあんな上手に教えてくれたね」と言ってくれました。これは、一応の合格点をもらえたということでしょうか。


娘はとにかく育てにくい子でした。小さい頃を一言で言うと「The陰気」 天真爛漫の逆。感受性がすごく強く、いつも何か面白くなさそうな顔をして、あれがこーでこれがあーだと文句ばかり。幼稚園から帰るといつも私に文句を言っていました。正直悲しかったです。

この子は私のことが嫌いなのかしら?でもある時ふと気づきました。保育参観とかではすごくしっかりしてがんばってる様子。もしかして、外ですごくがんばって緊張しているから、家に帰ると緊張がほぐれて、素を出している…ということは、あぁ私だけには本音が言えるんだなと。なんだー私にだけは心を開いてくれてるんだーと気づき、それからは娘の文句に対しても、「はいはい」と笑って聞けるようになりました。

小学校時代も愛想がよくなく、(5年生だったと思いますが)朝、登校する時に「近所の〇〇さんみえるから、挨拶していきなさいよ」と言ったのに、後ろから見ていたら素通り。。。帰ってから「何で挨拶しなかったの?あれだけ言ったのに」と言うと、「お母さんに言われたから『挨拶しなきゃ』『挨拶しなきゃ』ってずっと思って歩いた。だけど〇〇さんの前になったら、喉まで出てるのに、どうしても声が出ない…」と涙ながらに訴えるのです。

私は、いつどこでどなたにお世話になるかもしれないから、いつも挨拶だけは欠かさないようにと常々実践していたけれど、この私の子なのに、そんなふうにできないなんて。あー親子でも、同じじゃないんだ、親が普通にできることでも、子どもはできるわけじゃないんだー、挨拶しないんじゃなくてしたくてもできないんだ。その一件は私の価値観を大きく変えてくれました。

高校に入ると激変。いきなりギャルに変身し、当時の短い制服のスカートにルーズソックス!(なつかしい←あれ、洗濯しても乾きにくくてすっごい迷惑)「The陰気」はどこへ行ったのだ??最寄駅まで送って、見送る後姿に「叶姉妹みたいにお尻見えとるよ」何度メールしてやったことか。

大学時代は「名古屋嬢」時々雑誌に載ったりして、もう何様?それでも、勉強もバイトも、ネイルの専門学校もがんばって、謳歌してたなぁ。

OLになってからは、大人買い。私立大の裕福な友人の中で、指をくわえて我慢してたことをあれもこれも一気に満たし、さらには関ジャニの追っかけで、全国へ。実家の母が「もったいない、結婚資金貯めればいいのに、あんなことさせとっていいの?」よく私が言われました。

でもいつも「いいの、いいの、気が済むまでやってみた方が、自分で判断できるから。お金もったいないと思ったらやめるんやない?」とにかく、娘を信じて、何でもやりたいことは「自分で考えていいと思ったらやればいいよ」と言ってきました。

あれだけ大人買いしてたはずなのに、結婚費用は全部自分たちで賄うとのこと。「ちゃんと会社の財形で用意してあります。親の応援は一切結構です」平均以上の費用が掛かるらしいのですが、信じて何も言わなくてよかった。逆に「お金出してー」と言われても困るけど。。。

高校以来のエンジョイしすぎで、親としてはいろいろ驚かされることも多々あったけれど、「大丈夫、きっと親の思いはわかってくれている。今どんなに抵抗しても反発しても、結婚する時に『今までありがとう』と言ってくれればそれでいい」と心に決めてきました。

そんな中で娘の「本当に上手に教えてくれたよね」という一言。(ただいつも「すごく厳しかったけど」と付け加えられますが)

あーーーこれが29年間の子育ての通信簿の結果と受け止めてもいいでしょうか。長い時間がかかりましたが、私の①②の目標はある程度の合格点はもらえたのかもしれません。

②の「勉強しなさい」と言わない目標は、これは明確に達成しました。3人に一度も言わなかったし、ゲーム野放しだったけれど、それなりに大学を卒業しました。

人生の大目標をひとまず達成できたようで、感無量です。

今後の目標はまた新たに作ってあるので今後はそれに向かって進みたいと思います。

とりあえず3人ともが、気持ちのいい人間に育ってくれたことが何よりありがたいです。気持ちのいい人間とは、自分の人生を自分らしく歩んでいる、それに尽きると思っています。


結婚式がお天気に恵まれ、暖かい日になりますように(それはそれで花粉が心配)。





















  1. 2014/03/16(日) 07:34:43|
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子育てサークル ミニ

昨日は岐阜で、いつもの勉強会の無料お試し会を行いました。先月、一人のママさんが、「来月お友だちを連れて来たいが敷居が高くて…」と言われたことから企画されました。

言われてみて改めて気づいたのですが、今の岐阜の勉強会はかれこれ7年半前から始まっており、メンバーもちょこちょこ入れ替わり、取りまとめのリーダーも替わり、別のクラスと合併したりをくり返し、もう長く続けていて、参加される方のお子さん方も皆成長されました。

当時は、お母さんの周りをちょこちょこされていたお子さん方も中学生や高校生に。お子さんの成長とともに悩みも変化し、でもお母さん方もすごく成長され、賢く頼もしくなられ・・・以前から「子どもが小さい友達がいるけど、ここには連れてきにくい」という声も聴いていました。

それで、言い出しっぺの方と相談し、まだお子さんが小さい方のために、お試し会をすることになりました。

その方は、お友だちに声をかけられ、10人以上の人を集め、日にちを調整して会場を押さえ、着々と準備して下さいました。その手早さと鮮やかさにびっくりです。ニーズやタイミングが合うってすごい力を生むのだと感心しきりです。

いよいよ当日ふたを開けてみると・・・元々来たいと言われた方のお子さんが胃腸風邪でダウン、その周囲の方も病欠。あらら・・・本末転倒ですが、それでも8人の方が来て下さいました。

会場に到着すると、催し物の案内に「子育てサークル ミニ」と書かれていました。うまいこと言うねぇ。今回の主催者の言い出しっぺの方のネーミングでしょう。入り口で思わず笑みがこぼれました。

会が始まってからは、進行役を買って出て下さり、私と皆さんとを上手に盛り立てて下さいました。日頃は控えめにされてたんですね。こんな才能をお持ちとは!!

集まって下さったお若い方々に、現状をいろいろお聞きしてみたのですが、「スーパーで子どもがやんちゃを言う。そういう時、しつけ優先か、人目優先かで悩む」とか「よその子と違うことをする。このまま成長したらどうなってしまうのか」とか「善くないとはわかっていても、子どもに口うるさく言ってしまう」など、わぁ懐かしいなぁ、勉強会を始めた頃は、やはり皆さん、同じようなことを悩んでおられました。

ひとしきり現状をお聞きした後、「これから4つのことを簡単にご説明しますが、それで皆さんの今のお悩みは解決します。どうぞ持って帰って下さいね」と大風呂敷を広げました。

よりより子育てのために、日頃からお話している4つのポイントをダイジェストでお話ししました。これは長い期間、時間をかけてじっくりゆっくりご理解頂いている内容ですが、今回はたぶんめちゃくちゃ早口で矢継ぎ早にご説明しました。

そうしたら、いろいろお悩みを話して下さった方が「あーもうわかりました!〇〇すればいいということですね。すっきりしました」とか「いろいろあっても、そうやっていけば心配ないんですね」とか
口々に言って下さいました。とりあえずは安心して下さったようです。

時は流れても、子育ての悩みってそうそう変わることはないんですね。どなたも本当にわが子のために一生懸命で、でも一生懸命ゆえ悩み苦しむ…でも、私の提唱する4つのメソッドを活用して下さったら、本当に親子とも楽々だと確信しています。

2時間の予定でお昼には終わる予定でしたが、質問やらで伸び伸びになり、お子さん連れで長時間の拘束で申し訳ないことをしましたが、どなたも笑顔で帰って下さったようで、何よりでした。

今回参加できなかった方のために、近々もう一度同じようにお試し会をする予定です。ひとりでも多くのママさんが安心して子育てをして下さることを願って。

昨日のお試し会は私の原点を思い出させてくれました。15年前に「これからの若いお母さん方に、楽しく希望をもって子育てをしてもらいたい」「『あそこに行けば安心して子育てができる』と思ってもらえる場所を作りたい」そう思い立って、今に至っています。


その帰り、実家へ寄り、今月末の娘の結婚式のために、母が私と妹のために準備してくれた着物をもらってきました。その時、二人分をそれぞれに大きな風呂敷で包んだのですが、「お母さん、私、今日午前中にも大風呂敷広げてきたわー」と大爆笑しました。














  1. 2014/03/05(水) 07:58:09|
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誕生日~花束のゆくえ

先週2月19日は、私の誕生日でした。

ここ10年ほどは、「誕生日は産んでくれた親に改めて感謝の気持ちを伝える日」と位置付けて、毎年花束を届けたり、送ったりしていましたが、ここへ来て母から「気持ちはもうじゅーーーぶんに受け取った。だからもう今年から花束は辞退したい」との申し出。(え?私の懐を心配してくれてる??)

2月の誕生日のいいのは、1年で一番寒いため、お花が長持ちします。せっかくのお花も寒い玄関に飾ってもらえたら、長く楽しんでもらえると思っていましたが…。人が止めてくれというのを無理に押し付けるのもどうかと思い、その申し出をしぶしぶ受け入れることにしました。

ある意味、ずっと続けてきたことがなくなって、寂しい気持ちではいましたが、何と今年は娘の婿さんから「誕生日のお祝いの食事会をしましょう」と声をかけてもらいました。「えーー??」誕生日を身内で祝ってもらうなんて、子どもの時以来!?確かに最近は、友人や生徒さんからありがたいお祝いのお言葉を頂戴しておりますが、お誕生会を開いてもらえるなんて!!長く生きていると、人生にはこういううれしいことが起きるんだなぁとしみじみ感謝しました。

仕事で忙しい娘夫婦の都合で、誕生日を過ぎた週末に開いてくれたのですが、もう子どものように、あと〇日、あと〇日と、お正月の歌のように「もういくつ寝ると誕生会」と指折り数えて楽しみにしていました。


当日は、おいしいごちそうを食べながらいろいろ楽しくおしゃべりしたのですが、途中娘が席を立ったと思ったら、大きな大きな花束を抱えて戻ってきて「お誕生日おめでとう!」「えー?」食事会だけでもうれしいのに、こんな大きな花束まで。いやぁうれしいですねぇ。ホント感慨無量でした。

何だか私が毎年2月19日に両親に送っていた花束が、今年は私の元へやってきたようです。人生って変化するものなのですね。自分の誕生日を祝ってもらおうなんて本当に思っていなかったのに、こういう形で娘夫婦から祝ってもらえて、しみじみ感謝です。

家に持ち帰った花束、あんまり大きくて、花瓶3つでも納まりきらないくらい。たまたま翌日はNOAの予約があったので、家に飾るだけじゃなくて、多くの方にながめて頂ければと、少しおすそ分けにもらって頂きました。

後日、母に「長く生きてると、こんなうれしいことが起こるんだねぇ」と話すと、「何言ってんの!そんなの序の口、これから50代60代とどんどんうれしいことが増えるんだよ。子どもや孫のうれしい話を聞くたびに本当に幸せ感じるんだよ」と人生の先輩の弁です。

そうなんだー、これからもっともっとうれしいことが起きるんだー、本当にありがたい幸せな誕生日でした。この幸せと健康に感謝して、さらにひとりでも多くの皆さまのお役に立てるように邁進していこうと思った次第です。



mixiでこんなコミュニティの管理人もしています。
よろしければ、ご一緒にどうぞ!

http://mixi.jp/view_community.pl?id=6112008

誕生日は親にお礼を言う日♪

















  1. 2014/03/01(土) 06:08:09|
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