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異端児の行く末

先日、高校時代のミニ同窓会を兼ねての飲み会がありました。。今までほとんど同級生とは付き合いがなかったのですが、一昨年有志による同窓会が開かれてから、何となく近況もお互い把握し、声がかかるようになりました。

元々お酒は飲まないし、岐阜から離れているため、行くとなれば一世一代くらいの覚悟がいるのですが、今回は、学校1の美人Yちゃんと、学校1のイケメンFくんが主催とのこと、これはもう引き立て役で行くに徹しようと決めました(笑)。

最初は6人、途中で2人参加で、結局8人の集まりでしたが、女子はYちゃんと私だけ、え?完全な引き立て役かと思いきや、そうでもなくみんなで楽しく盛り上がりました。

今回のメンバーは、3年1組が中心で、当時の1組は、学校の中でも完全にはみ出し者が集められたクラス。担任の引き受け手もなかったと聞きます。当時は嫌いだった担任が、時を経て今では親子ともにお世話になる恩師になっているので、人生ってどこでどう変化するかわかりません。

当時普通科は8クラスあり、理系が4クラス、国立文系が3クラス、一応私立文系と名は付いているものの、共通一次試験(今のセンター試験)を受けない、要は勉強したくない人たちが残り1クラスに集められていて、「1組で本気で勉強してた人っていたのかな?」という話題になると、3人くらいはいたけど、後のみんなは、いかに楽をして大学に入るか?みたいな雰囲気だったと、なつかしく語りました。

今回1人だけ美術科の男子が参加して「僕らは普通科に対して常に劣等感を感じてた」と言うので、「えーー?美術科、すごかったやん、個性的な子の集まりで、常にすごい才能に満ち溢れていて、うちらの方こそ美術科は敷居が高かったよ~」と。普通科の他に美術科と音楽科があって、絵の具がべたべたのスモックを着たアーティストたちが行きかう中を、ピアノやソプラノの声がこだまする、とても優雅な校風でしたが、当時の岐阜は群制度で、岐阜高校と岐阜北高校へ行きたくても、振り分けられてこっちの学校にしぶしぶ来た子が大半。好きであの学校へ行った子は少ないよねと。ところが何の因果か、岐阜県で一番できる子たちとそうでない子たちが混ざっていて、私たちは一番できない、中でもやる気もない、学校から見たらしょうもない生徒の集まりでした。

それでも、そんな私たちもいい大人になって、何とか社会の中で生き延びている、すごいことだよねぇと。確かに理系や国立文系の人たちは、お医者さんや有名企業へお勤めの人が多く、全く人種が違うのですが、異端児は異端児で、何とか自分の道を歩いています。笑えたのは、集まったほとんどが組織に所属せず、個人で仕事をしていたこと。Fくんは会計事務所を開き、美術科男子はデザイン事務所、美人Yちゃんは社長夫人、塾を立ち上げて手広くやってるOくん、家業を時代の波に飲まれながら引き継いだIくん、で、私は占い師(笑)って、本当にみんな個性的ですが、それなりに満喫していました。

とはいうものの、必ず最後に話すのは、「同窓会に来られるって言うのは、それなりに今が幸せな証拠」本当にありがたいです。

私が今、子育て中のお母さん方にお話しするのは、はみ出し者を嫌わないで!心配しないで!っていうこと。なかなか人と同じことが同じようにできなくても、全くやる気がなさそうに見えても、身近に受け入れてくれる人がありさえすれば、いつかの段階で必ずや自分の道を歩き出すということ。だからそれまでは大目に見て、あたたかく見守ってほしいということです。

当時の異端児たちもみな立派に成長しました。本当にいい人生をみんな送っています。



















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  1. 2015/06/01(月) 06:45:04|
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